Discommunication Disco

寂しい星の寂しい人へ

ラダイトSS③ マーメイドの創傷(下)

 それからというもの、あたしは家から「追放」を食らうたびに、この秘密の海岸へ来ることを繰り返した。ハルヤ、と名乗った金髪の男の子はいつもふらりと現れて、時々澄紀やレンリといった友達も連れて来てくれた。

 初めのうちは挨拶をするだけでも声が震えて仕方なかったけれど、彼らの温かい雰囲気があたしの緊張を解すまで、そう時間はかからなかった。出会って二、三日もすると、彼らの輪に自然と入り、鬼ごっこや洞窟の探検に出かける自分がいた。

 その日もあたしは夜に海岸へと足を運び、暗く広がる水平線をぼんやりと眺めていた。星のない夜だった。雲が絵具を溶かした時のように曖昧な輪郭を滲ませながら広がっていて、空を黒く埋めていた。

 その日、ヴィクトリアさんとケニーさんはいつも以上にあたしを殴った。あたしがハルヤ達と事あるごとに遊びに出かけているらしい、というのを島の住民から聞いたようだ。食器が頬のすぐ横をかすめ、壁にぶつかって勢いよく割れた。お前は罰当たりな娘だ、と罵声を浴びせられた。

 一体、あたしが何の罪を犯したというのだろう。

 頬のあたりがかっと熱くなり、あたしは目の前の親を、持てる限りの敵意を込めて睨んだ。その様子に二人は少しばかりたじろいだようだった。あたしを痛めつけるための言葉を必死で考えているのだろう、意地の悪く食いしばられた歯。こめかみにくっきりと浮かんだ血管。それら全てをあたしは心底軽蔑していた。床に落ちた白い皿の破片を掴んで、ブーメランのようにヴィクトリアさんへと投げつけた。

 「痛っ…」

 ヴィクトリアさんの頬から、つー、と一本の血の筋が流れた。瞳孔が大きく見開かれ、表情の歪みが一層激しくなった。それでもあたしは怯むわけにいかなかった。両手を血が出そうな程に握りしめ、お腹に力を込めて言った。

 「それならば一生分の罰を頂戴。お前達と一生、関わらなくて済むくらいの罰を」

 言い終えるや否や一目散に駆け出して玄関の戸を開けた。足の裏に刺さったガラスの欠片が痛かった。買い物帰りのフィオナが驚いた顔であたしを捉え、あたしは彼女を突き飛ばすようにして必死で島を駆けた。はあ、はあと息が荒くなる。酸素を欲するように肺が痛む。もう少しだ。あたしは自分に言い聞かせた。もう少し。森を抜けて、砂浜を抜けて、岩の間をくぐって――。

 秘密の浜辺には誰もいなかった。恐る恐る後ろを振り向き、追手がいないことを確認して、そこでようやくあたしはゆっくり息を吐いた。膝ががくがくと震えている。今にもその場にくずおれてしまいそうだ。

 「…は、はは」

 口から震えるようにして力のない笑いが洩れた。覚束ない足取りで砂浜を歩く。ざざあ、と波があたしの足を擽ってくる。

 遠くに灯台の光が見える。キルシエ本土の、港に高く聳えるそれは、小さい頃――ケニーさんがまだおかしくなりきる前に、唯一連れて行って貰った場所だった。あの最上階から見下ろした時も、確か天気はどんよりと曇っていて、海はあたしを呑み込みそうな黒さで広がっていた。

 これから。

 意識を今に戻しながら、あたしは他人事のように考える。これからどうなるのか、あたしは自分の明日を何一つ知らない。今まで以上に地獄となることを知りながら自分で家に帰るのか、多少大人しくなった(大人しく演技をした)ケニーさん達に連れて帰られるのか、ここで野宿を繰り返すのか、それとも――。

 あたしは目を閉じて、首を力なく横に振った。灯台の明かりが瞼の中でぼうっと浮かび上がった。少なくとも今は、この瞬間のことだけを考えて、砂浜を歩いていたい。

 再び目を開けると、夜空を一羽の鴎が羽ばたいて行くのが見えた。鴎は翼を銀色に光らせながら飛び、煙のような黒い雲を割るようにして消えていった。

 「銀の翼を得たならば…」

 あたしは知らず知らずのうちに、そのフレーズを口にしていた。二、三年前に流行ったバラードだ。親の目を盗んでこっそりテレビを付けた時、丁度放映していた歌番組でその歌を知った。歌詞がとても綺麗だったから――そして、ヴィクトリアさんが機嫌の良い時に口ずさんでいたものだから、よく覚えていたのだ。

 「銀の翼を得たならば さよならを告げに出かけよう 桜貝に隠した あの日の小さな恋へ…」

 「――驚いた。君、歌とても上手なんだね…」

 振り返るとハルヤが立っていて、彼は目を丸くしながらあたしを見ていた。

 「…ずっと聞いていたの?」

 「…うん」

 一気に恥ずかしくなり、赤面しながら俯くと、「ごめんね」と申し訳なさそうに謝ってから彼が続けた。

 「…でも、本当に上手かったから。思わず、聴き入っちゃった」

 「………」

 「…歌手とか、目指したりしないの?」

 「………」

 答える代わりにあたしはパーカーの裾をきゅっと握った。歌は好きだった。ずっと小さい頃から――ひとりで物置に閉じ込められた時も、夜道に放り出された時も、お気に入りの歌を口ずさむと、幾分心が安らぐのだ。

 でも……。

 「――あたしよりも、歌の上手な人は沢山いるから。それに、…」

 「うーん、そんなのは大した問題じゃないと思うな」

 こんなぼろぼろの見た目じゃ、と口にしかけたところで、ハルヤに台詞を遮られた。 

 「どうして」

 「…うまく言えないけどさ、例えば僕はアンドロイドの開発者になりたいって前に言ったけれど、僕より頭の良い人は沢山いるはずだよ。

 人間の働く必要がなくなった今でも、リラークの開発者は狭き門だから――夢が叶う確率の方が、ずっと低い。

 …でも、仮に夢が叶わなかったからといって、そんなに後悔はしないと思うんだ。自分で努力するって決めた道だから」

 「………」

 「エリーはどう?好きな歌を沢山練習して、いつか後悔する日が来ると思う?」

 「……あたし、は」

 両手と唇が細かく震え、喉には何かがつかえたような息苦しさを感じて、答えるための声を出す事が出来なかった。けれど、ハルヤは神妙な面持ちであたしの顔を見詰めた後、やがて納得したように頷いて言った。

 「ちゃんと伝わったから、大丈夫。――だから、また君の歌、聴かせてよ」

 ルビーの瞳がすうっと細くなり、穏やかな光を灯していた。さあ、と仄かな夜風が吹いて、彼の金髪をなびかせた。

 「じゃあね」

 小さく手を振って、そのまま彼はあたしに背を向け、反対方向の浜辺へと歩いていった。白いシャツと、幼い少年特有の痩せた体躯が、さっき目にした鴎の翼と重なった。

 「待って!」

 気が付けば思わず声が出ていた。ゆっくりとこちらを振り返ったルビーの瞳に、心臓がドクン、と鳴るのを感じた。

 「あたし、あたし――歌手になるから。人間にもアンドロイドにも負けない、世界一の歌手になるの」

 「……!」

 絞り出すように口にしたその言葉を、ハルヤは嬉しそうに聞いていた。

 「楽しみにしてるね」

 うまく笑顔を返せただろうか。彼が去った後の浜辺で、あたしは暫くの間塑像のように立ち尽くしていた。両手を頬に当てる。熱い。今にも溶けてしまいそうな熱さだ。

 「――銀の翼を得たならば…」

 さっきまで空を埋めていた雲の切れ間から、少しばかり月明かりが覗いているのが見えた。それはあの鴎が飛び去った辺りの空だった。先程よりも大きくなった波音が、あたしの歌うフレーズをゆっくりと吸い込んでいく。夜明けが近いのかもしれなかった。

 

<<Fin>>

 

恋愛系の話は書くのきついですね。あと〆切守るのもきついです(守れていない)。

ラストやっつけすぎて悲しいので加筆したいです。すみません。

ハルヤは博愛主義的なキャラクターにしたいので、無意識にエリーとかを虜にしていそう。